製造業で研究開発に携わっていると、製品の性能や品質について考える機会が多くあります。
目標とする性能を満たしているか。
歩留まりを改善できないか。
不良の原因はどこにあるのか。
納期までに開発を完了できるか。
技術者として働いている以上、こうした項目へ意識が向くのは自然なことだと思います。
私自身も、これまでは製品を技術的に成立させることを中心に考えてきました。
一方で、製品は性能が優れていれば、それだけで事業として成立するわけではありません。
どれほど高性能な製品であっても、製造するために多額の費用がかかり、販売しても利益を残せなければ、事業として継続することは難しくなります。
日商簿記2級で工業簿記を学んだことで、私はそれまで技術面を中心に見ていた製品を、原価や利益の面からも少しずつ考えるようになりました。
技術者は性能を見るが、製品には原価もある
研究開発の現場では、性能、品質、歩留まり、納期などが重要な判断材料になります。
しかし、会社が製品を事業として扱う以上、そこには必ず原価が発生します。
たとえば、製品を製造するためには材料や部品が必要です。
製造や検査に携わる人も必要です。
設備を購入すれば、減価償却費が発生します。
工場の電気代、消耗品、保守費用などもかかります。
不良品が発生すれば、廃棄や作り直しによる損失も生じます。
技術者である私にも、高価な材料や部品の価格は比較的見えやすいものでした。
「この材料は高い」
「この部品を変更すれば、コストを下げられるかもしれない」
と考えることはあります。
ところが、製品原価には材料費だけでなく、労務費や製造間接費も含まれます。
人が作業する時間。
設備を使用する時間。
製造現場を維持するための共通費用。
検査や手直しにかかる費用。
こうしたものも積み重なり、最終的な製品原価になります。
工業簿記を学ぶ前の私は、原価について考えるときも、材料費や部品代へ意識が偏っていたように思います。
材料費だけが製造原価ではない
工業簿記では、製造原価を大きく材料費、労務費、経費に分けて考えます。
さらに、それぞれを特定の製品へ直接結びつけられる直接費と、複数の製品へ共通して発生する間接費に分けます。
試験勉強として見ると、これらは分類を覚えて計算するための知識です。
しかし、製造業で働く立場から見ると、
製品一個を作るために、会社の中でどのような資源が使われているのか
を整理する考え方でもあります。
高価な材料を使用していなくても、製造工程が長ければ人件費や設備費が増える可能性があります。
検査回数が多ければ、検査設備や作業者の負担も増えます。
歩留まりが悪ければ、良品一個を得るために余分な材料や作業時間が必要になります。
製品の設計を変更した結果、材料費は下がっても製造工程が複雑になれば、全体の原価は必ずしも下がりません。
工業簿記を学んだことで、材料単価だけを見るのではなく、製品を完成させるまでの工程全体を見る必要があると分かりました。
不良や手直しも、技術問題であると同時に原価の問題
研究開発や製造現場では、不良率や歩留まりは重要な技術指標です。
不良が発生すれば、原因を調べ、工程条件や設計を見直します。
技術者にとっては、まず品質の問題として捉えることが多いと思います。
しかし、不良や手直しは原価にも直結します。
廃棄した材料。
やり直しに使った作業時間。
再検査に必要な設備と人員。
納期遅延への対応。
不良の原因を調査するための工数。
これらはすべて、製品を作るために会社が負担しているものです。
歩留まりを改善することには、品質を安定させる意味だけでなく、原価を下げる意味もあります。
技術改善と原価改善は別々の活動ではなく、実際には強くつながっているのだと感じるようになりました。
標準原価と実際原価の差を見る意味
工業簿記では、あらかじめ設定した標準原価と、実際に発生した原価との差を分析する標準原価計算を学びます。
学習を始めた頃は、差異分析に出てくる計算式を覚えることに意識が向いていました。
しかし、差異分析の意味を理解すると、予算を超えた理由を一つの数字で終わらせず、原因ごとに分けて考える方法だと分かります。
材料費であれば、材料の購入価格が想定より高かったのか。
それとも、材料を予定より多く使用したのか。
労務費であれば、時間当たりの賃率が高かったのか。
それとも、作業時間が標準より長くかかったのか。
製造間接費であれば、費用そのものが増えたのか。
あるいは、生産量や設備の稼働状況が想定と異なっていたのか。
単に、
「原価が予算を超えています」
と言われるだけでは、技術者として何を改善すればよいのか分かりません。
一方で、使用量の問題なのか、作業効率の問題なのか、操業度の問題なのかが分かれば、技術側でも原因を考えやすくなります。
標準原価計算は、予算との差を責めるためだけの仕組みではなく、差が生まれた理由を分解し、改善へつなげるための考え方なのだと思います。
標準原価計算の差異分析や、私が問題を解くときに使っていた図については、別の記事でも詳しくまとめています。
開発品は売上だけでなく、固定費も回収する必要がある
新しい製品を開発するときは、
「この製品がどれだけ売れるか」
という話が出てきます。
もちろん売上は重要です。
しかし、売上が発生しても、それがそのまま利益になるわけではありません。
製品を一個販売するたびに増える材料費などの変動費があり、販売数量にかかわらず発生する人件費や設備費などの固定費もあります。
工業簿記で学ぶCVP分析では、売上高、変動費、固定費、利益の関係を考えます。
この考え方を使えば、
- 何個販売すれば固定費を回収できるのか
- 販売価格を下げると、必要な販売数量がどれだけ増えるのか
- 一個当たりの変動費を下げると、利益がどのように変わるのか
- 新しい設備投資によって固定費が増えた場合、どれだけ販売する必要があるのか
といったことを考えられます。
技術者は、より高い性能を実現するために、高価な材料や新しい設備を導入したくなることがあります。
しかし、性能向上によって原価が上がったとき、その増加分を販売価格へ反映できるのか。
価格を上げた場合でも、予定している販売数量を確保できるのか。
開発費や設備費を回収するには、どの程度の期間が必要なのか。
こうした視点も、製品を事業として考えるうえでは欠かせません。
工業簿記を学んだことで、売上の大きさだけではなく、その売上から変動費と固定費を回収し、最終的に利益を残せるかを見る必要があると理解できました。
原価について経理と議論する機会も増えた
工業簿記を学んで、個人的にうれしかったことがあります。
最近、仕事の中で製品原価について経理担当者と議論する機会がありました。
もちろん、私は経理の専門家ではありません。
会社で実際に使われている原価計算の仕組みも、簿記2級の試験問題ほど単純ではありません。
それでも、
「これは材料費の話なのか」
「製造間接費はどのように扱われているのか」
「設備費はどこへ配賦されているのか」
「この費用は固定費なのか、変動費なのか」
といった話について、以前よりも内容を理解しながら会話できるようになりました。
簿記を学ぶ前であれば、経理から提示された数字を見ても、
「原価がこれくらいかかっているのだな」
という受け止め方で終わっていたと思います。
現在は、その数字がどのような考え方で作られているのかを確認し、自分なりの疑問を持てるようになりました。
技術者と経理では、普段使う言葉や考え方が異なります。
技術者は性能、品質、工程、歩留まりについて話します。
経理は原価、予算、配賦、利益について話します。
工業簿記を学んだことで、その間を少しだけつなぐ共通言語ができました。
経理の話を完全に理解できるようになったわけではありません。
それでも、専門外だった分野について、相手が何を問題にしているのかを以前より理解できるようになったことは、素直にうれしく感じています。
資格取得が社内で直接評価されたこともうれしかったのですが、実際の仕事の会話で知識が役に立ったと感じられたことは、それとは違う喜びがありました。
簿記2級だけで原価管理の専門家にはなれない
ここまで工業簿記を学ぶ意味について書いてきましたが、簿記2級に合格しただけで、会社の原価管理を完全に理解できるわけではありません。
簿記2級で学ぶのは、原価計算の基本的な構造です。
実際の企業では、製品の種類、製造工程、組織体制、使用している会計システムなどによって、原価計算の方法が異なります。
共通費をどの部門や製品へ配賦するのか。
研究開発費をどのように扱うのか。
設備の稼働率をどう評価するのか。
仕掛品や不良品をどのように処理するのか。
簿記の問題集だけでは扱わない複雑な判断も多くあります。
そのため、私は自分を原価管理の専門家だとは考えていません。
経理担当者と同じ水準で会計実務を理解しているわけでもありません。
それでも、簿記2級を学ぶ前と後では、経理や事業部門から示された数字の見え方が変わりました。
以前は結果として出てきた原価を見るだけでした。
現在は、
なぜこの数字を見るのか
なぜ予算との差を分解するのか
技術側では何を改善できるのか
を考えるための土台があります。
技術と原価の両方を見られる技術者になりたい
技術者にとって、製品の性能や品質を追求することは重要です。
そこを軽視してしまえば、そもそも顧客に選ばれる製品を作ることができません。
一方で、企業の中で製品を開発する以上、原価や利益を無視することもできません。
高性能でも利益を生まない製品は、長期的に事業を支えることが難しくなります。
反対に、原価だけを優先して性能や品質を落とせば、製品の競争力を失う可能性があります。
必要なのは、性能と原価のどちらか一方を選ぶことではなく、両者のバランスを考えることだと思います。
簿記2級を取得したからといって、その判断がすぐにできるようになったわけではありません。
それでも、これまで技術の側からしか見ていなかった製品を、原価や利益の側からも考える入口には立てました。
そして、原価について経理担当者と同じ言葉を使いながら話せるようになったことは、専門外の資格を学んだ成果の一つです。
資格は、取得した瞬間に人生を大きく変えるものではないかもしれません。
しかし、これまで話が通じなかった相手と少し深い話ができるようになる。
見えていなかった数字の意味が、少し分かるようになる。
こうした小さな変化の積み重ねにも、資格を学ぶ意味があるのだと思います。


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